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zoom RSS ちょっと酔ったか・・・

<<   作成日時 : 2006/10/27 18:10   >>

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焼酎の水割りをチビリチビリ飲みながらパソコンを突付いていると、ある医師のHPに出くわした。http://www.asahi-net.or.jp/~fq5t-tnk/tatami.html#2

人それぞれいろいろな考え方があると思うが、この人は多くの人の臨終を見て主観を披瀝したもので、面白いなあと思いながらマウスを進めたのである。

例を上げながら感じたことを書いてみよう。
『死に水とってあげようと言う夫婦は先ずなかなかいないと言っていいでしょう。最後まで、愛情なるものを維持している方たちは先ずありません。当たり前ですが、だからこそ死んでいなくなって、さっぱりして、ちょうどいいのです』

そうかなあ・・・ほんとうにそうだろうか??相手が寝たきりになり、長い間面倒を見る者にとっては、いろいろな忍耐を強いられることだろうが、本当にその立場になると今までとは違った心境の変化と言うものがあるのだろうか。

『多くの場合、夫が先に行くので 妻が見ることが多いのですが、たいていの場合、愛情は既に 子どもに移行しているので、むしろ死に水をとるチャンスは今までの不満や鬱憤ばらしの、いいチャンスと思っているぐらいに考えておくべきです』

でも、妻が先に逝く場合だってあると思うが、私だったら相手の死水をとるときは悲しみに打ちひしがれて、不満とか鬱憤ばらしというような感情にとらわれる暇もないと思うのだが・・・

『以前は長男の嫁と言うのが(死水を取ってもらう) 相場ですが、今のように遺産相続を均等にした法律ができた世では 長男の嫁に何か見てもらうと、死んだ後の火種を残すだけで 賢明ではないし、金だしてでも誰か見てほしいというのが本音です』

う〜ん・・・それは言えるかもしれない。長男の嫁だって血が繋がっているわけでもないし、本当の親子と言う感覚を持って接することは難しい。もしかして死んだ後の財産の分配のことが頭にチラッと浮かんでくるのは否めないかも・・・我が息子の嫁に限ってはそんなことはない。

次第に焼酎の酔いが出てきた。人生の終末が近づいてくると、ちょっとしたことが気になるものだ。一昔前だと、こんな記事は目も遣らぬものだが、やっぱり年は争えぬものだなあ・・・

ん??・・・コップの焼酎が無くなった・・・もう止めようか???・・・・・・もうちょっとだけ・・・
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ウーン、その時は何とかしてください。私はどうせ死ぬのですから・・・・。
nonaka
2006/10/27 19:34
nonakaさまのような人にはあまり関係のないことを書いてしまいました。(反省)
ちょっと今日は酔い過ぎたのです。
そんなにたくさん飲んだのではありませんよ。焼酎(25度)コップ半分くらい。普通の大きさのコップです。
しょうた
2006/10/27 20:08
子育てもほぼ終わり、年金世代になれば年齢に関係なく余生ですね。
このお医者さんの仰ることは本当だろうと思います。「独居では畳の上では死ねない」とありましたが、畳の上に拘らず「まぁまぁ俺の人生はこんなものだろう、よしとしよう」といってお迎えを待つことができたらと思います。いずれにしろその時は周囲に世話をかけますが、客死というのもロマンがあっていいように思いますが、甘いですか。
落葉松亭
2006/10/27 21:30
落葉松亭さま
昔は子供の世話になり、畳の上で死ぬのが当たり前だったのですが、現在は畳の上で死ぬのが珍しい時代になっていますね。
我々が若い頃とは、生活習慣や、ものの価値観が想像がつかないほどに変わり、人間の寿命も長くなったので、臨終の状況も変わって当たり前かもしれませんね。
客死、突然死・・・人間の最後って案外はかないもののようです。
しょうた
2006/10/28 07:38

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